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京都地方裁判所 昭和53年(行ウ)20号 判決

原告 加名田光三

被告 八幡市長 山中末治

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 莇立明

主文

本件訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告両名が支出した八幡市の職員厚生研修費のうち、昭和五一年度分二三八〇万円、同五二年度分三七六〇万円の各支出が違法であることを確認する。

2  被告両名は八幡市に対し各自六一四〇万円を支払え。

3  訴訟費用は被告両名の負担とする。

二  請求の趣旨に対する本案前の答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、肩書住所地に居住する八幡市の住民である。

2  被告八幡市長山中末治及び被告八幡市収入役吉田俊一は、職員厚生研修費の名目で昭和五一年度に二三八〇万円、昭和五二年度に三七六〇万円、合計六一四〇万円を支出した。

3  右支出(以下「本件支出」ともいう。)は、以下にみるように公金の違法不当な支出である。

(一) 地方自治法(以下「法」という。)二〇四条三項によれば、地方公共団体が支出すべき手当の額及びその支給方法については条例で定めるべきものとされるところ、本件支出は右条例で定められたものではないから、法二〇四条の二に違反する。

(二) 地方公務員法(以下「地公法」という。)二五条によれば、職員の給与は条例に基づいて支出される必要があるところ、本件支出は条例で定められたものではないから、右規定に違反する。

4  ところで、被告八幡市長山中末治は、法一四九条所定の事務を担任し、管理・執行する権限を有し、法律の遵守義務を負担するところ、法一四九条、地公法三九条ないし四二条に違反して本件支出についての命令を発しており、被告八幡市収入役吉田俊一は、右違法な支出命令を拒否すべきにもかかわらず法二三二条の四、二項に違反して支出行為をなしている。被告両名は本件支出により八幡市に本件支出金額と同額の損害を与えているところ、八幡市は被告両名に対して有する右損害賠償請求権を行使しない。

5  そこで、原告は、昭和五三年七月三日被告両名の右違法行為につき八幡市の監査委員に対し法二四二条一項に基づく住民監査請求をなしたところ、右監査委員は、同年八月三〇日原告に対しその請求には理由がない旨の通知をなした。

6  しかしながら、原告は右監査結果に不服であるから、法二四二条の二、一項三号又は二号に基づき本件支出が違法なことの確認(以下「第一請求」ともいう。)と、法二四二条の二、一項四号により八幡市に代位して被告両名に対して前記損害金六一四〇万円の支払い(以下「第二請求」ともいう。)を求める。

二  被告らの本案前の主張

本件訴えは、以下にみるように不適法である。

(被告適格の欠缺)

1 第二請求は法二四二条の二、一項四号による地方公共団体に代位して行なう当該職員に対する損害賠償請求と認められるが、右にいう「当該職員」とは、当該地方公共団体に勤務する個人としての職員を指し、機関でないというべきである。ところで、本件訴えの被告らはその表示及び肩書住所地の記載が八幡市役所所在地であることからみて、明らかに機関としての八幡市長及び八幡市収入役であり、八幡市長は執行機関、八幡市収入役は会計事務を司る補助機関であるから、いずれも法二四二条の二、一項四号に規定する「当該職員」とはいえず、被告適格を欠く。被告の変更についての行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)一五条は本件訴えには準用されない。

(監査請求前置の欠如)

2 第二請求のうち、昭和五一年度分の職員研修費の支出を違法として代位による損害賠償を請求する部分については、法二四二条二項による当該支出行為のあった日から一年を経過した後に原告から監査請求がなされたため、監査対象から除外されており、適法な住民監査請求が前置されておらず不適法である。

三  被告らの本案前の主張に対する反論

(被告適格について)

1 法二四二条の二、一項四号の「当該職員」とは地公法三条所定の当該地方公共団体に勤務するすべての個人としての職員を指し、当該地方公共団体の長及び収入役である者も含む。原告は本件支出時を含めその以後も被告両名が八幡市職員であることから、その勤務地である八幡市役所所在地を住所地とし、「八幡市長山中末治」及び「八幡市収入役吉田俊一」を被告としているものであり、単なる「山中末治」及び「吉田俊一」を被告としているものではない。執行機関である市長やその補助機関である収入役が前記の「当該職員」に含まれないならば、その違法行為に対する司法上の救済方法がなくなり、法二四二条の二による住民訴訟の余地がなくなり不合理である。

(監査請求前置について)

2 原告が昭和五一年度分の職員厚生研修費の支出について住民監査請求をしたのは、当該支出行為のあった日から一年を経過した後であったが、右請求については、以下にみるように、法二四二条二項ただし書にいう「正当な理由」があり、監査請求前置があるというべきであるから、本件訴えは適法である。

すなわち、原告が、八幡市において昭和五一年度分の職員厚生研修費が二三八〇万円支出されているのを初めて知ったのは、昭和五三年三月二七日の八幡市議会での原告自身による一般質問の結果によるのであり、右支出については昭和五一年度の予算書・決算書ともにその項目・金額の記載はなく、地公法四二条所定の計画書・報告書の添付もなく、住民一般が知りえない状況下で執行されていたから、右支出の事実を知った後一年以内に住民監査請求をして本訴に及んだものである。

四  原告の反論に対する被告らの再反論

八幡市の昭和五一年度の職員厚生研修費は、同年度の一般会計特別会計予算に計上のうえ、同年三月の市議会で可決されており、又、昭和五〇年度においても同様の職員厚生研修費が予算に計上され、執行のうえ決算書にも明記され八幡市議会で承認された。原告は市会議員として右審議に関与しながら異議を述べていないことよりみて、昭和五一年度の職員厚生研修費の支出につきその支出が完了した昭和五二年三月末日までには、その支出を知っていたか又は知りうべき状況にあったものというべきである。

五  被告らの再反論に対する原告の再々反論

議会の議決があったからといって法令上違法な支出が適法となる理由はなく、又、公金の支出自体が適法でもその前提たる行為もしくはその執行行為が違法な場合も違法な公金支出というべきであり、さらに議決段階での予算執行を監査請求の対象とはなしえず、議決に基づいて執行機関が支出を具体化してはじめて監査請求の対象となるというべきであるから、本件支出が監査請求の対象となりえないとはいえない。原告が八幡市会議員であるとしても執行権者の予算執行の内容・支出方法等の詳細を知りうる権限を有しないことは法九六条からも明らかである。

第三証拠《省略》

理由

一  《証拠省略》によれば、請求原因1(原告の住民性)、同2(本件支出の存在)、同5(住民監査請求の存在)の各事実を認めることができる。

(被告の確定)

二  まず、本件訴えの被告について判断する。

ところで、原告がいかなる者を被告として訴えを提起したかは訴状の記載を合理的に解釈して行なうべきであり、右解釈にあたっては原告の表示された意思も重要な判断要素になりうるというべきところ、本件訴えは二つの請求からなるが、その被告の表示は請求により区別することなく「八幡市長山中末治」及び「八幡市収入役吉田俊一」とされ、その肩書住所地として八幡市役所所在地が記載されていることは記録上明らかである。原告は当裁判所の再三の釈明に対し、被告両名が八幡市の職員として現在も勤務しているから右記載が正当であり、被告は単なる「山中末治」及び「吉田俊一」ではなく、それとは区別された「八幡市長山中末治」及び「八幡市収入役吉田俊一」であると主張する(なお、本件口頭弁論期日において陳述された原告提出の準備書面中には、被告が行政庁、機関ではない職員個人であることをうかがわせる記載があるが、その直後の期日において、当裁判所の釈明に対し、従前の態度を維持する旨主張している。)。

そうすると、本件訴えの被告は、個人とは区別された「八幡市長の地位に在る山中末治」及び「八幡市収入役の地位に在る吉田俊一」を被告としているものと認められ、ひっきょう、機関を被告としているものといわざるをえない。

(被告適格について)

三  そこで、本件訴えの各請求について被告適格の有無につき判断する。

ところで、法二四二条の二による住民訴訟は、地方公共団体の財務についての不当・違法を是正する目的で特に法律により創設されたものであり、その被告適格を有する者は、同条一項二号による行政処分たる当該行為の取消又は無効確認請求の場合は処分をした行政庁(同条六項、行訴法四三条一項、二項、三八条一項、一一条一項参照)、同項三号の怠る事実の違法確認請求の場合は当該執行機関又は職員、同項四号のいわゆる代位による損害賠償請求の場合は当該職員であるところ、三号請求については職員が当該地位に在る者として訴えられるのに対して、四号請求については職員は私人たる個人として訴えられるものであり、四号所定の損害賠償請求権の発生原因が職員の機関としての行為にあり、右職員がなお右地位に留まっている場合であっても、その地位に在る者として訴えられるものではないというべきである。

そうすると、本件訴えのうち第一請求については被告適格を有し、第二請求については被告適格を欠き不適法である。

四  そこで以下、第一請求の適否につき判断する。

原告はまず右請求の法的根拠として、法二四二条の二、一項三号を主張するが、法二四二条一項は、「違法若しくは不当な公金の支出、財産の取得、管理若しくは処分、契約の締結若しくは履行若しくは債務その他の義務の負担」を「当該行為」とし、「違法若しくは不当に公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実」を「怠る事実」として区別し、「違法若しくは不当な公金の支出」は、「当該行為」の内容とされ、「怠る事実」の内容とされていないこと、「怠る事実」とは、財務会計上の作為義務を負担しながら不作為状態を継続している場合をいうことからみて、既になされた公金の支出は、法二四二条の二、一項三号にいう「怠る事実の違法確認」の対象とならないというべきである。

次に原告は右請求の法的根拠を法二四二条の二、一項二号とも主張するところ、公金の支出を構成する支払命令及び支払行為は、ともに公権力の行使たる行政処分とはいえず、同号にいう「行政行為たる当該行為」にあたらない。

したがって、同条一項三号又は二号に基づき本件支出の違法確認を求める原告の訴えはいずれにしても不適法である。

五  以上によれば、本件訴えは、その余の点について判断するまでもなく、いずれも不適法であるから、これを却下することとし、行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田坂友男 裁判官 東畑良雄 岡原剛)

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